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30代後半の覚束ない妊活を記録する

30代後半。やっと妊活しようと思うようになりました。

生後8日目 眠いです。出産振り返り。

6月21日に出産し、その日を生後0日と数えるようなので今日は生後8日目。眠いです。後で自分で読み返して楽しむためにも振り返り。

 

6月18日

オットが会社のフットサルに行きたいと言いだし、私も面倒になったので勝手にしろと送りだし。当てつけにオットが帰宅する時間を見計らって近所をぐるぐると散歩、オットからの着信を無視するなどしてみる。散歩中、お腹の痛みが結構短い間隔でくるようになったのでオットが帰宅後夕食を食べてから陣痛アプリで計測。10分間隔になったり6分間隔になったり、、だったので念のため病院へ電話。10分間隔ならまだ来るなという感じだけど10分切ることもあるのなら、ということで病院へ来て良いというお返事。タクシーで病院へ。23時頃分娩室に通され、分娩台に乗って陣痛間隔が分かるらしいモニターを付けたところ、9分間隔。隣の分娩室からは出産中の方の叫び声が聞こえてくる。

 

6月19日

早朝4時に再度モニター。4.~6分間隔になっているが子宮口はまだ1センチ程とのこと。この時間もやはり(おそらく別の)出産中の方の叫び声を聞く。その後、陣痛をカウントする以外することもなく、食欲もなく、ベッドの上で痛みと戦う1日。お昼11時頃に再度モニター。なんと陣痛は10~15分間隔と間延びする。でも自分で計るとたまに3分間隔とかになっていることもある。夜に再度モニター。8分間隔。子宮口のチェックもなく、病室へ戻される。モニターで計測するたびに出産の叫び声を聞く。

6月20日

お昼頃モニター。オットも同席。モニターでは陣痛と胎児の心拍が折れ線グラフのようになっている、ということをオットが確認(私の位置からはモニターが見えない)。私痛がっている時に、陣痛のグラフはぐぐっと動く事もあるけど動かないこともある、という驚きの報告。陣痛のタイミングで胎児の心拍が落ちていることがあるので、そろそろ出さないと危ない、というお話。陣痛間隔が相変わらず10分だったりするが、この間隔がもっと狭くなった時に胎児が更に苦しい+3日間陣痛を感じてる私の体力もあるので翌日産んじゃいましょう、ということになる。陣痛促進剤を使うが、帝王切開に切り替える可能性もあり。本人の感じる陣痛とモニターで示す陣痛が違うようだが、と質問するとグラフには出ないけれども、子宮口を開く作用はする程度の陣痛だったのでしょうとのこと。この時子宮口4センチ。オットも一緒にそれらの説明を聞く。

6月21日

帝王切開の可能性もあるので朝から禁飲食。前夜に担当看護師から8時頃に分娩棟に荷物持って行くという話は聞いていたが、当日も看護師に呼ばれて行くのだろう、、と思っていたけどなかなかお迎えが来ず。勝手に行けばいいのか?と言われた荷物だけ持って分娩棟に。

陣痛室に通される。相部屋で既にもう1つのベッドでは陣痛と戦っている方がいらっしゃる。カーテンで仕切られているのでよく分からないが、だんなさんも一緒にいる模様。そういえばオットは午前中仕事で外出らしいが何時に病院に来るつもりなのだろう、とぼんやり考える。

この後は分娩台にあがるまで時計が無かったので時間は不明。とにかく痛い。会社の後輩から言われた「息を鼻から吸って、口から長く吐く」だけに集中。痛みと戦いながらも、確実に自分の呼吸が上達していくことを感じる。お隣の女性からは痛い痛いと辛そうな声。私は呼吸法に忙しく、声を出す余裕はない。入れ替わりやってくる助産師さん達にも呼吸上手いと褒められた。しかし痛い。促進剤を使っているので点滴している腕を曲げるなと注意されるが、痛みに耐える時にベッドのバーを握りたくて、でも握ると腕が上がってしまうからダメと注意され、で地味に辛かった。

ところで私、18日の時点で便秘4日目。21日で1週間便秘状態だったため、陣痛中のうんち出てしまう感がすごい。最初は恥ずかしくて黙って耐えていたが、途中からなりふり構っていられずトイレに行かせてくれと訴えるが「それは多分赤ちゃんよ~」と宥められる。痛みがマックスの時に子宮口が9センチ、というところまで来て、助産師さんから「だんなさんいつくるの」と聞かれる。内心、知らねーよ、立ち合いとかどーでもいーよ、と思いつつお昼頃ですかねと答えると「もう生まれちゃうから連絡したら」と鬼の言葉。この痛い中連絡。。スマホは病室に置きっぱなしですけども。。と絶句しているとそばにいたお医者さんが「痛くてそれどころじゃないですよね」と助け船。それを聞いて助産師さんが「じゃあ私が電話してみましょう」と言うものの、その次の句は「だんなさんの電話番号は?」。そちらに預けてる母子手帳にも立ち合い希望の書類にもオットの電話番号書いたじゃないかと思いつつ、すいません暗記してません、と答える。

そろそろ痛みマックス。本当にいるのかしら、と思いながら荷物に入れていたテニスボールを助産師さんがバッグの中から発見してくれ、肛門?をぐいっと押される。だいぶ違う。早くこれやって欲しかったと思ったけど、これは痛みが頂上まで来てる時に初めてやってのこと、なのかもしれない。その直後にオットが陣痛室へ。テニスボールを助産師と交代。・・・残念ながらテニスボールの威力半減。彼なりに頑張ってはいるのだがプルプルと腕が震えてしまったり押す前に一度引いてしまうので(引かずにひたすら押し続けてもらいたい)舌打ちしたい気分。そうじゃないとかもっと上とか、片言でクレームを出す。相変わらず呼吸が上手いと言われるが、隣の女性のように騒いだ方が分娩室に早く連れて行ってくれるのでは、と思い執拗にナースコールを押してまだですか、分娩室まだですかと聞く私。オットも後で、「急にナースコール何度も押すようになってたけどなんで?」と言っていた。

14時頃にやっと分娩室へ。陣痛室には6時間いたことになる。隣の分娩室ではさきほど陣痛室で隣だった方が絶叫中。私は粛々と呼吸法。。が、朝から飲まず食わず、なんだか疲れ切ってしまっていた。頭が見えてきたからもう下から産めます、帝王切開はないからちょっとお水飲みましょう!とお医者さんに言われた時、もういいからお腹切ってくれないかなと思っていた私は「帝王切開の希望はもうないのか」と少しショックを受ける。病室から飲みかけのお茶を助産師さんが持ってきてくれていて、ペットボトルストローは分かりにくい場所にしまいっぱなしで気付かれることなく、ナースステーションにあったストローをさしてくれる。オットが給茶係となるが差し出す角度が悪く、私よりも助産師たちから怒られていた。1時間半位たち、いきむタイミングを待つがなかなかやってこず、助産師2人、お医者さん2人が私の正面に立って赤子の出待ち。早くいきまなくては、というプレッシャーがすごかった。が、疲れ切っている私。こういう時は糖分のある飲み物があるといいんですよ、自販機はすぐそこにありますよと口々に助産師さんがオットに言うが、オット、「ジュース買って来い」と言われている事に全く気付かず。

分娩室に入って2時間、頭大きめみたいだからちょっと切りますね~ということで会陰切開し、なんとか生まれました。予定日も過ぎていたしつるっとした赤ちゃんが出てくるかとおもったけど胎脂まみれ。お医者さんが「胎脂まみれでかわいい~」となんだか理系女子っぽいというか独特の感想を呟いていました。すぐに私の脇に寝かせてもらいましたが疲れ切って呆然としていた私は匂い嗅ぐとかそういう余裕は無し。

後処置中、助産師さんやお医者さんにこんな静かなお産は久しぶり、私達ばっかり喋ってうるさくてごめんなさいねと言われました。褒められた、のか・・?呼吸がすごく上手かったから経腟分娩に拘っている人だと思った的な事も言われました。ナンノコダワリモナイデスと力なく答えました。もっといやだ~痛い~と騒げば帝王切開になっていたのかな。。オットからは普段の武士子と何も変わらない出産だったとこれも褒められているのかよく分かりませんが、そんな感想を頂きました。

とにかく痛いし、これを2回目、3回目に臨もうと考える女性ってすごいなと思いました。私は今はちょっと考えられない。

自宅に帰って来て今日で4日目。沐浴は最中にうんちや、直前におしっこ、最中にベビーバスの栓が緩かったみたいで外れて床が水浸し、など早くも洗礼を受けています。

とりあえず振り返りでした。